兄が語る。世界水泳での活躍が注目される、足立聖弥の成り立ち、強さの秘密

兄が語る。世界水泳での活躍が注目される、足立聖弥の成り立ち、強さの秘密

 はじめまして、足立未遼です。聖弥の兄です。

今日は、水球選手としても尊敬する弟の強さのヒミツ、特にジュニア時代について語りたいと思います。

 

幼少期(〜幼稚園)

1995年6月24日、足立家の末っ子として彼は生まれました。

小さい頃から負けず嫌いで、2歳離れた兄の私にも勝負や競争となると対抗意識を燃え上がらせ、最後はいつも勝った負けたの言い争いから喧嘩になっていたことを覚えています。

この「負けず嫌い」こそ彼が水球選手として長年日本代表として活躍し続けられる要因なのでしょう。

小学生時代

小学校に上がると彼はすぐに水球をはじめます。

それほど人数の多いチームではなかったため、すぐにベンチメンバーに入っていました。

低学年の頃から年上の選手とプレーする機会が多かったため、自分より体の大きな選手とのマッチアップのテクニックはこの時点から自然と身につきはじめていたのでしょう。

小学校高学年の頃には、中学生相手でも一切臆することなく、回しこみや相手の前に入るプレーを得意とする選手に成長していました。

自分より体格の大きな選手とのマッチアップが多い国際試合でも活躍できるオフェンスセンスやフットワーク技術の素地は確実にこの小学生時代に培われたものに違いありません。

 

中学生時代

彼の1つ上までの世代が2012年に開催された、地元岐阜での国体に向けて強化指定を受けており選手層も厚い世代でした。

彼の同期には現在ブルボンKZで活躍している平田選手や作田選手もいました。

そんな環境の中、中学1年時こそスタメンを逃しますが2年以降中心選手として活躍します。

中学3年時には桃太郎カップ(U-15)で準優勝し自身もベスト7を受賞しました。

同世代と比較しても体格は大きくない彼でしたが、スピード、クイックネスでは全国でもトップクラスだったと思います。

活躍の裏には継続的な努力がありました。
彼が中学3年間こなし続けた1週間のスケジュールは以下のような感じだったと記憶しています。


(月)水球練習(個人技中心)

(火)学習塾

(水)スイム練習(トータル4,000-5,000m)

(木)学習塾

(金)スイム練習(トータル4,000-5,000m)

(土)水球練習(チーム練習/2部)

(日)水球練習(チーム練習/2部)

平日の練習時間は1日あたり1時間30分、土日は午前午後2時間ずつの2部練習が基本でした。

ものすごい練習量というわけではなかったですが、3年間休むことなく取り組み続けたことで、継続する習慣と基礎体力、泳力の向上が彼にもたらされました。

当時恐ろしいと感じたことは、スイムに関してで中学1年時から中学3年である私と同じ量を同じサークルでこなしていたことです。

ここでも負けず嫌い精神がうまく作用していたように思います。

 

オフェンスセンスはどこから

最後に、彼のオフェンスセンスが磨かれた背景を書いてこの記事は終わりにしたいと思います。前述の1週間スケジュールの月曜日は「水球練習(個人技中心)」となっていますよね。

これが最大の要因です。

毎週月曜日は5人程度の有志の選手が集まり、コーチからフットオフや回し込みなどの1対1のオフェンステクニックを1時間半みっちり教えてもらえる時間でした。

教えてもらった技を土日のチーム練習で試し、課題を持ち帰って月曜に復習する。このサイクルを3年間回し続け、足立聖弥という選手のベースができあがっていったのではないでしょうか。

 

おまけ

中学生当時のスイムメニュー

・UP      200m

・SWIM 400m×  5本 6’00 (制限タイム 5’)

・SWIM 200m×  5本 3’00 (制限タイム 2’30”)

・IM       100m×10本 1’45”

・KICK    50m×10本 1’00”(バタ足)

・KICK    50m×10本 1’00”(けり足)

・DOWN 400m

 TOTAL:5,600m 

 

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